堅い話ですが、もう少し読んでいただくと嬉しく思います・・・・・。
1587年に秀吉による「キリシタン追放令」のあと、1612年には「禁教令」
による「宗門改め」が法制化された。 これにより、転びキリシタンが続出して、
それを証明するために「手請証文」の発行が開始される。
寺請証文とは、檀那寺の僧侶が「当時の檀家のものはキリシタンではない」と
保証した証文のことで、寺請証文の提出は1633年頃より本格的に始まった
とされる。翌年には、キリシタン以外の民衆からも提出が義務付けられた。
これにより、「寺請制度」は全国的に実施されることとなってゆく。
1660年、「宗門人別改長」の作成が全国的に始まった。 そして、1664年
には諸藩に対して宗門改役を設置し、さらに宗門改めを毎年実施するように
命令が下された。
「宗門人別改帳」は、キリシタン禁制の宗門改めである「宗門改帳」と、夫役
負担を目的とする「人別改帳」とを複合したもので、村ごとに作成されて、領主
に提出した戸籍台帳であった。 この制度は、1873年の明治政府によるキリ
シタン禁制の高札撤廃までつづいた。 また、人別改めは、1872年の「壬申
戸籍」へと受け継がれてゆく。
「人別帳」は、一軒舞毎に作成され、男女の数、年齢、婚姻による移動、奉公
による移動、死亡・年月日などが記載され、また必要であればその他の情報
も記載されていた。 そして、1700年には、この中の死亡=除籍簿が「過去
帳」として作成されてゆく。
この頃より、一般庶民でも、お金次第で戒名(位階)が買えるようになったとさ
れる。
このように、檀家制度などにより、寺と庶民、檀徒とのつながりは切ることの出
来ないものとなって行く。
こうして、お墓は、檀那寺でしか建てることが出来ず、寺はそのお墓を守り、
葬儀や先祖の供養を強制的に行うことでお布施をいただくという仕組みが
完成した。
これらの仕組みが形骸化しながらも現在に引き継がれて、われわれの習慣・
常識というものを形作っていることになる。
限りあるときを輝いて!
ライフケア研究所
日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
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